Vol.28 再び地底世界へ
今年もよろしくお願いいたします。新年第一弾の新秘宝館は、以前、秘宝館Vol.54でとりあげた、ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」をはじめとした地底ロストワールド小説の特集です。今年のメインテーマは恐竜本です。
というのも、実は昨年暮れから、我家の蔵書を群馬県立自然史博物館に寄贈するというプロジェクトが始動いたしまして、既に新秘宝館Vol.6で紹介した明治、大正、昭和初期の恐竜本は群馬自然史に収まっています。本が溢れて収拾がつかなくなったのと、老い先を考えて、日本一と自負する(?)我が恐竜本コレクションを永久保存しようという魂胆からなのですが、今後秘宝館で本を紹介する事が出来なくなるので(とはいっても膨大な量なのでゆっくりやろうと思っていますが)、今年は蔵書との別れを惜しみながら、テーマ別に恐竜本を紹介していきたいと思います。
もちろん恐竜本の収集をやめたわけではなく、落ち着き先が決まっていると、かえって安心して高価な本でも衝動買いしそうで怖いという危惧が早くも的中して先日買ってしまったのがこの本です。
「前代未聞・地底世界旅行」
雑誌「冒険世界」明治41年(1908)7月号(写真1)に掲載されたジュール・ヴェルヌの「地底旅行」の翻案物で、明治18年の「拍案驚奇・地底旅行」(新秘宝館Vol.6をご覧ください)に次ぐ邦訳。「日本ジュール・ヴェルヌ研究会」によると、戦前の邦訳はこの2つだけだそうです。
巻頭に「地底海の大怪獣」と題された凄すぎるカラー口絵(写真2)があったのは思わぬ拾いもの。これなら8000円は安いというものです。内容はというと「拍案驚奇・地底旅行」のダイジェスト版なのですが、登場人物は、リーデンブロック教授はトムソン博士に(実は「拍案驚奇」でもリーデンブロックの名は使われず単に「伯父」と呼ばれています。明治の人にとっては馴染めない名前なのでしょうか?)、ハンスは「拍案驚奇」同様ガンスに、そして語り手のアクセルはなんと日本人の「私」になっています。ちなみにトムソン博士は、原作では一行が立ち寄ったコペンハーゲンの北方古代博物館の館長です。地底の海の名は「拍案驚奇」では原作通りに伯父が発見者である自分の名前から「リデンブロツクスコエ海」と命名するくだりがあるのですが、探検隊のリーダーがトムソン博士ではその手は使えず、無理やり「私」が「海の名はリヂ(誤植?)ンブロツクスコエといふのだ。」と宣言してしまいます。その海で遭遇する怪物は大幅増殖。
原作と「拍案驚奇」では首長竜と魚竜に甲冑魚だけですが、プテロダクヲ(テ?)ール(もともとはアクセルの空想の中で言及されるのみ)と、一見、鰐とツチブタにしか見えない怪獣の対決(写真3)を途中立ち寄った島で見ると言うオリジナルエピソードが挿入され、いかだの周りでは<幾十頭ともなき(原文)>大蛇・大亀・海豚・海蜥(トカゲ?)・鯨―実はこれらは、原作で3人が波間に垣間見えた首長竜、魚竜の体の一部を見間違えたもの―が大乱闘。それに最後にプレヂチ(ヲ?)ザーブルが加わってトリを取ります。この大盛り上がりの場面で力尽きたか紙面が尽きたのか、その後のエピソードは駆け足で語られトンネルを見つけさあ帰還と言う場面で終わってしまいます。
(写真4)は戦後出版された「地底旅行」です。
秘宝館Vol.54と合わせてご覧ください。
ヴェルヌの「地底旅行」と双璧をなす地底世界物にエドガー・ライス・バローズの「ペルシダー・シリーズ」があります。
(写真5)ハヤカワSFシリーズ/ハヤカワ文庫SF/創元推理文庫(「地底の世界ペルシダー」はカバー違いがあります。)
(写真6)その他のジュブナイル物等
これらについては非常にディープなサイトがありますので、是非ご覧ください。
http://www.princess.ne.jp/~erb/pelluc.htm
そして、そのサイトでも紹介されていないと危うく自慢しそうになったのが(写真7)の、1967年に「ボーイズライフ」誌に掲載された「地底大陸ペルシダー」と「危機のペルシダー」です。自慢する前にこちらのサイトを見つけてしまいました。
http://dejahthoris.la.coocan.jp/fr_pell.htm
バローズはコアなファンが多いのです。
日本にも地底恐竜世界小説の古典があります。1939年に書かれた久生十蘭の「地底獣国」です。ソ連科学アカデミーのメンバーと拿捕された日本人の漁船員が、カムチャッカから地下の抜け穴を通って樺太を目指すのですが、そこは中生代の世界だったというお話。登場人物の大半が死んでしまうと言う暗い話ですが、陰鬱な地底の情景描写がすばらしく傑作と言われています。最初の方に「地球の抜け穴」を説明するくだりがあって、面白い事に、世界各地の有名な洞窟と並べて、ヴェルヌの「地底旅行」の舞台を実在するものとして紹介、リヂンブロツクスコエはアイスランドの伝説にある地底の大洋の名から付けられたと言う事にしています。一行が行程を船で進むに従って、周りの生物相が三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と変わるのはバローズの太古世界(キャスパック)シリーズの影響か?白亜紀ゾーンでは“チランノサウルス”に襲われます。
さあ今度こそ自慢してしまいましょう。(写真8)は「地底獣国」が初めて掲載された雑誌「新青年」昭和14年(1939)9月号。何故か安倍正雄のペンネームで書かれています。そしてこの三芳悌吉による素敵な挿絵は、後の教養文庫版や三一書房の久生十蘭全集等ではカットされ、ここでしか味わえないのです。堪能して下さい。
(写真9)はその他の地底ロストワールド小説です。左上から、“北極大陸”の地下世界でソ連の探検隊がマンモスや恐竜と遭遇する「地底世界探検隊」オーブルチェフ(講談社1957/鶴書房1976)/ラビリントドン類から進化したと思われるカエル人間が棲息する、南太平洋の島から通じている地下世界を舞台にした古典ファンタジー「ムーン・プール」A・メリット(ハヤカワSFシリーズ1970)/エドガー・アラン・ポーと共に大渦巻にのまれて翼竜が舞う地球の内部へ旅する「空洞地球」ルーディ・ラッカー(ハヤカワ文庫SF 1991)/「地底獣国」へのオマージュ作品、アララト山の火口下に広がる地下世界に飛行船で降りる「地底獣国の殺人」芦辺拓(懇談社ノベルス1997/講談社文庫2001)/恐竜や翼竜(進化したソルデス!)、モササウルス等が棲息するシベリアの地下世界が舞台の、こちらも「地底獣国」へのオマージュ「ツングース特命隊」山田正紀(講談社1980/講談社文庫1985/ハルキ文庫1999)/秘宝館Vol.54で紹介済みの「新・地底旅行」奥泉光(朝日新聞社2004/朝日文庫2007)*この小説が朝日新聞に連載された時の挿絵を、こちらのサイトで見る事が出来ます。http://www.tis-home.com/tatsurokiuchi/works/32
/いわゆる共同出版本で、インターネットで募集された地底探検ツアー「白亜紀の不思議な世界」の顛末を描いた「地底のヘネラリーフェ」網野アミ(文芸社2011)
「少年ケニヤ」山川惣治
アフリカを舞台に日本人孤児ワタル少年の冒険を描いたこの絵物語には、恐竜の棲む地底世界に行くエピソードがあって、子供の頃に夢中になって読んだという確かな記憶があります。時代的に考えると1961年から少年サンデーに連載された石川球太による「漫画版」だったかもしれませんが、流砂にのまれ地底世界にたどり着くシーン、大蛇ダーナとケラトサウルスの戦い、ティラノサウルスがダーナの尾をつかんで岩壁をよじ登り地上に現れるシーンなど、鮮烈な印象が残っています。
*こんな嬉しいサイトありました。
http://phosphatidylserine.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/19611962-764b.html
第18話から第23話まで恐竜が登場します。いずれ集めたいものです。
*「漫画版少年ケニヤ」はebookで購読できます。
(写真10)は我家の「少年ケニヤ(恐竜登場編)」のコレクションです。
上段は「産経児童文庫」(1953/1954)
「サンケイ・ジュニアブックス」(1976)
下段は「ふじみ絵本シリーズ」(1984)と「角川文庫」(1983)
ドラえもん「のび太と竜の騎士」(1988)はトロオドンから進化した恐竜人が支配する地底世界が舞台。唯一、地底世界関連恐竜フィギュアがあります。秘宝館Vol.46で紹介した食玩プラモデルとやはり食玩で2004年の映画ドラえもん25周年記念フィギュアです。(写真11)
最後に紹介するのは、少年誌「ぼくら」の1966年1月号の付録の冊子です(写真12)。内容は恐竜とタイムマシンの特集2本立て。表紙をめくるといきなり見開きで「これがネス湖の恐龍基地だ」というカラー口絵があり、ネス湖が地底恐竜世界と水面下で繋がっているのを示す説明図も付いています。「ネス湖の恐龍基地探検」と題したレポート風読み物もあり、子供に帰って楽しめます。
地底恐竜世界物の映画は、5本程確認できた「地底旅行」(秘宝館Vol.54参照)以外は、ペルシダーを映画化した、ブロントテリウムモドキ着ぐるみ怪獣のしょうもない格闘シーンしか思い出せない「地底王国」(1976イギリス)位でしたが、現在ネットで予告映像が公開されている映画「アイアン・スカイ2」は凄く楽しみな映画です。昨年、クラウドファンディングで製作費を集めていましたが、その後の情報はありません。はたして本編は制作されるのでしょうか?こちらでナチの地下帝国と、総統を乗せたティラノサウルスがナチ風敬礼をする、とびっきりのシーンが見られます。https://www.youtube.com/watch?v=JKPwtDjzJMI
次回は蔵書紹介(まだテーマは決めていませんが)の他、水棲スピノサウルスがやってくる「恐竜博2016」のグッズ等も取り上げたいと思います。こちらも楽しみです。
田村 博 Hiroshi Tamura
ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。