新恐竜秘宝館

Vol.23 恐竜折り紙

最近「クラーケン」というSF小説を読みました(チャイナ・ミエヴィル著 ハヤカワ文庫2013年刊)。舞台は現代のロンドン。自然史博物館から水槽ごと忽然と消えた、世界の終りの鍵となるダイオウイカの標本を巡っての、ロンドンの闇社会にうごめく様々な技を持った超能力者たち(魔術師・カルト教団・ギャング団・スコットランドヤード等々)が入り乱れて繰り広げる血みどろの争奪戦に巻き込まれた博物館学芸員の運命やいかに…といった「ノンストップエンターテーメントSF」なのですが、話の中に、日本グッズ専門店を構える折り紙師が登場します。人間を生きたまま折りたたむという秘術の持ち主ですが、登場後間もなく、逆に体を無理やり折られて悲惨な死に方をするはめになるチョイ役です。その彼の店の棚には折り紙の見本として恐竜が…。恐竜ORIGAMIの世界的認知度を再認識したところで、ようやく今回の本題です。

「折り紙恐竜」は恐竜の造形を語るには避けて通れない一大ジャンルなのですが、紙を扱うのが大の苦手で鶴も折れない私が語るのは片腹痛いというもの。で、ついつい先延ばしにしてきましたが、この本を読んだのをきっかけに思い切って取り上げてみました。とは言うものの私一人ではどうにもならないので、ここは強力な助っ人に全面的に協力をお願いしました。恐竜倶楽部の仲間で、恐竜折り紙の著作も多い折り紙作家の、高井弘明さんです。http://www.asahi-net.or.jp/~uz4s-mrym/page/origami0.html高井さんとは恐竜倶楽部創立時からのかれこれ30年近い付き合い。月一回、倶楽部の飲み会でお会いするのですが、恐竜、折り紙に限らず多方面に深い造詣をもつ「通人」です。そういえば高井さんが共著した「DINOGAMI」という本が「クラーケン」の舞台ロンドンで出版されています。その本で高井さんは「origami master」と紹介されています。カッコイイですね〜。

さて、恐竜の折り方は高井さんのHP等で見ていただく事にして、ここでは恐竜折り紙の歴史を探ってみたいと思います。折り紙には大きく分けて伝承折り紙(いわゆる詠み人知らず)と創作折り紙(創作した個人が判明しているもの)がありますが、もちろん恐竜は後者です。

折り紙の歴史
http://www.origami.gr.jp/Archives/People/OKMR_/history.html
http://origami.ousaan.com/library/historyj.html

今でこそ、ネットで恐竜折り紙を検索すると星の数ほどの画像がありますが、いつ頃から恐竜が折られるようになったのでしょうか?高井さんによると

「現代の創作折り紙では、吉澤章氏が戦前から折り紙を研究され、戦後に発表されるようになりました。ゴジラやウルトラシリーズなどが日本で公開され、恐竜という概念が世間に知られるようになると、氏も恐竜折り紙を創作したのではないでしょうか。初期の折り紙作家、吉澤章、内山興正、笠原邦彦らが、恐竜折り紙をいくつか創作していると思います。一部が、折り図化され本となって残っています。」

本として残っている恐竜作品は今回1967年までさかのぼれました。高井さん所蔵の「おりがみあそび」(内山興正著)(画像1)です。
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本の中には恐竜が東京タワーや巨大タンカーを襲っているいかにも昭和チックなジオラマ写真もあります。高井さん自身が再現してくれました(画像2)。なんとも微笑ましい姿をしています。
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1979年刊の「折り紙博物誌Ⅰ・動物のいろいろ」(吉澤章著)(画像3)にはかなりそれらしいイグアノドンが載っています。
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この本は雑誌「よいこ」に連載されていた物をまとめたもので、初出は1975年頃と推定されるそうです。これも高井さんに折って頂きました。後ろに控える小さな奴は私が折ってみた物。折り図が親切なので何とか形になりましたが、きっちりと折る事の難しさを痛感しました。でも高井さんに初心者としては上出来と褒められてちょっといい気分に…。

ちなみに高井さんが創作折り紙第一号を作ったのもこの時代。小学生の頃(60年代後半から70年代初め)図書館で恐竜折り紙の完成写真が載った本(残念ながら書名は不明)を見て、あれこれ模索しながら折ったのだそうです。

77年刊の「世界の折り紙傑作集」には、アメリカ人、ジョン・モントロール作のティラナザウラス(記されている英語名からしてTyrannasaurus!)が載っています。(画像4)はいい気になりついでに高井さんの「大きな紙を使えば簡単」との言葉を真に受けてトライし、悪戦苦闘の末奇跡的に出来あがったもの。
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紙はよれよれになってしまいましたが…。難しかったですよ〜高井さん。蛙の基本形で挫折しそうになりましたよ〜。モントロールさんはアメリカでの恐竜折り紙の第一人者の様です。(画像5)は彼の著書の一部で、左から1985/89/2010年発行。
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1979年の「折り紙―イメージと創作」(桃谷好英・澄子著)の「幼児折り紙論」の章にブラキオザウルス折り図が載っていて、これは高井さんの友人の方からの情報でしたが、運よくアマゾンで本が手に入りました。幼児というだけあって鶴をアレンジしただけの簡単なものだったのでわりとスムーズに折れました。この辺りが分相応か…。でもくれぐれも細かい所はチェックしないように。(画像6)
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80年代以降、折り紙の世界は一変します。再び高井さん談。

「1980年代に、前川淳氏が「ビバ! おりがみ」を発表し、とても複雑な折り紙を折ることが、理論的に解説され、その後比較的簡単なものや、複雑な作品など色々な恐竜折り紙が登場しています。また、現在では、日本だけでなく海外の折り紙作家たちも恐竜折り紙を創作しています。」

「ビバ! おりがみ」は1983年2月刊。チラノザウルス折り図が載っているそうです。同年8月、「ペーパーマジック 立体折り紙 恐竜編・昆虫編・動物編」(岩倉啓祐著)も刊行され、その後今日に至るまで、リアルさを追求した超絶技巧折り紙の恐竜が続々と編み出されています。一方で高井さんの様に、折り紙本来の楽しさや味を大切にする作家の方もいて、一般折り紙ファンの救いとなっています。

(画像7)はどうせ作れないのについ買ってしまった1980〜1990年代の技巧派作品の本。
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中でも度肝をぬかれたのは、吉野一生著「ティラノサウルス骨格折図」(1992)です。21枚の紙を複雑に折って組み立てるという気が遠くなるような作品で、まさか折れる一般人はいないだろうと思っていたら、恐竜倶楽部会員の中に見事折りあげた人がいて、またまたびっくり!という遠い記憶があります。ネットを探したら完成品の写真がありました。凄いです。

今回高井さんに紹介してもらったリアル派折り紙作家Author:SHUNさんのページhttp://openthink.blog.fc2.comなど、ネット上には人間技とは思えない恐竜折り紙画像が沢山あって楽しめます。検索してみてください。また恐竜折り紙の折り図もたくさん公開されているので、ぜひチャレンジしてみては。その時には、市販の15cmサイズの折り紙では折りづらいので、もっと大きめの紙を使って下さい。(とは高井さんからのアドバイスです。)



さて、ここからは私の持っている折り紙作品のコレクション自慢コーナー。

(画像8)は今回のご協力に感謝しつつ紹介するレア物(?)高井グッズ。
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2004年に高井さんが自費出版した本と、おそらく知り合った当時、名刺代わりに(?)に頂いた作品。と言う事は約30年間壁に飾られている!。どちらも高井さんファンにとっては垂涎ものでしょう。




(画像9)は同じく恐竜倶楽部会員の木村哲夫さんの「翼竜のバリエーション」。
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木村さんはプロの作家ではありませんが、とても素敵な作品を作ります。




(画像10)はなんと私の同業者、ジャズピアニストの青木弘武http://main.aokihiromu.com/さんの作品。
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中に詰め物をして立体的にする変った作風。ティラノは紙ではなく、手ぬぐいを折っています。青木さんの“折り紙“は、業界内では私の“恐竜”同様に有名です。




(画像11)は2009年、幕張の恐竜展で、実物大のスピノサウルス折り紙を折った折り紙作家、まつもとかずやさんhttps://twitter.com/matsumoto_ori12の作品。
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1995年の「恐竜学最前線」の北米ツアー(秘宝館Vol.21)でご一緒した時に頂いた記念すべきアルバートサウルスです。当初は2本足で自立していたのですが、20歳にもなると寄る年波で…。



まつもとさんは毎年夏の新宿ミネラルフェアにブースを出していて、リアルな折り紙恐竜を発表していますが、(画像12)は去年のミネラルフェアに出品されていた、珍しくシンプル系の「クリスタルパレス・パーク古生物セット」。
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現地に行った事がある私は(秘宝館Vol.39)これはジオラマにするしかないと迷わず買いました(安かったし…)。古生物とソテツ類の葉はまつもとさん作、後は私が、「箱」や「Prehistoric Origamiの樹木」の折り図からでっち上げました。雰囲気はまあ出たと思いますがいかがでしょうか。



最後に折り紙とは関係ありませんが、クリスタルパレス・パーク関連のびっくり情報です。

東京大学出版会から出版されている「UP」という雑誌の3月号に「巨獣ノ樹ニヨリ立チ、池洲ニ怪鱗悪虫」と題したクリスタルパレス・パークに関する記事が載っています。タイトルは、1872年(明治5年)、岩倉具視を団長とする使節団
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%80%89%E4%BD%BF%E7%AF%80%E5%9B%A3
の報告書に書かれた、水晶宮公園レポートからのもの。恐竜という訳語が生まれる20年以上前の話、報告書では「前世界の禽、獣、虫」などと表現しています。これだけでも驚きですが、記事にはさらにその10年前の1862年(文久2年)、なんと福沢諭吉が同所を訪れているとあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%B9%85%E9%81%A3%E6%AC%A7%E4%BD%BF%E7%AF%80
残念ながら報告書「西航記」には「(水晶)宮外は盛に園を開き遊覧の場となす」とだけ書かれていて、展示物には触れていないそうですが、江戸時代に「恐竜」を目の当たりにした日本人がいたわけで、これは日本の恐竜史を書きかえる大事件…のはずなんですが、なんで恐竜関係者は誰も気付かなかったんだろう???

そして福沢諭吉は、架空のヴィクトリア王朝時代のロンドンを舞台とし、恐竜の話も出てくるスチームパンク小説「ディファレンス・エンジン」に登場。と、うまく冒頭にループしたところで、今回はこれにて。


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田村 博 Hiroshi Tamura

ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。