Vol.71 ブリアン VS ズール
『恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造』展
当初は上野の森に来てから行くつもりでいたのですが、ネットでの評判を見るにつれ、居てもたってもいられなくなり、3月半ば日帰りで神戸まで行ってきました。新神戸から地下鉄を乗り継いで約30分、美術館に着いたのは午後2時近くなってしまいましたが閉館は6時なので、ゆっくり観られると余裕だったのですが…。
この展覧会を企画し、私に声を掛けて下さった学芸員の岡本さんにPRESSの腕章を貸していただいて、写真撮り放題の特権をゲット。フェバリットの水晶宮イグアノドン拡大コピー像に出迎えられていざ展示室へ。まずは19世紀の部屋です。
*このHPの「Discover」コーナーにも、この美術展のルポがあり、より奇麗な写真で会場の様子が紹介されています。岡本さんもイグアノドンと一緒に出演されています。そちらも併せてご覧ください。秘宝館ではなるべく被らない様に、会場の雰囲気や私が気になったものなどを紹介していきます。
画像1
「恐竜誕生―黎明期の奇妙な怪物たち」の部屋。我が家にもポスターが飾ってある「太古のドーセット」から、ベンジャミン・ホーキンズの数々の作品まで、ホンモノの19世紀恐竜がそこにいます。初めて目にする人も多かったのでしょう。皆さん物珍し気に見入っていました。絵画ももちろんですが、ガラスケースに収められた当時の本の挿絵は個人的にとても興味深い物でした。そしてまさかの珍品、オーウェン主催の有名なイグアノドン晩餐会の招待状の実物が見られるとは!ショップにこれをプリントしたTシャツがあったので迷わず購入しました。保存用にもう一枚買ってもいいくらいです。
画像2
次は「古典的恐竜像の確立と大衆化」の部屋。私がいちばん観たかったチャールズ・ナイトとズデニェク・ブリアンの作品が待っています。私たちの年代の恐竜ファンにはお馴染みの絵ですが、実物は印刷された物とはまるで別物でした。ただただ感動するのみ。特に油彩画の間近で観る筆のタッチにはゾクゾクさせられました。この感覚はうまく伝えられません。是非ご自分の眼で確かめてください。
いつまでも観ていたかったのですが上野での再会を誓って、やはり懐かしくて渋いニーヴ・パーカーの作品を鑑賞しつつ次の部屋へ。
画像3
「日本の恐竜受容史」の部屋。いよいよ私の出番ですが、部屋の入ってまず展示されていたのは、私が以前、秘宝館Vol.50で勝山市役所に保管されている戦時中の恐竜像として紹介、拙著「トンデモ恐竜大全」の年表にも写真入りで登場させた恐竜人形の仲間3体でした。こちらは金沢大学資料館所蔵の物。岡本さんのおかげで彼らのお里も判明しました。解説パネルも写真に撮りましたのでご覧ください。それによると市販されていたという事でびっくり。という事はまだどこかの蔵の中で眠っている可能性があるかなと、ついコレクター魂が騒いでしまいました。
肉食恐竜は台座を見るとなんとラエラプス!今回奇しくもナイトのあまりにも有名な絵が展示されています。ラエラプスについては他に話題もあるので別項で。
*このラエラプスはなぜかグッズ化されていて、今はやりのアクリルスタンド略してアクスタとトートバックになっています。
画像4
私のコレクションの展示はこんな感じ。「田村博コレクション」のパネルは誇らしくはありますが、こんなに広いスペースを使って贅沢過ぎないだろうか?などと思ってしまいます。
秘宝館で紹介してきた明治から戦前の貴重な本や戦後ルネッサンスに至る流れが判る本を並べています。入手ホヤホヤのロストワールド双六も壁に掛けられていました。立体物の展示は昭和の恐竜フィギュア少々と前号でも紹介した荒木さんケラト、それに昭和30年代の科博土産の石膏恐竜3体、本多俊之さんから提供していただいたトリケラトプスとディメトロドン、私のティラノを揃えています。右下は画像がはっきりしませんが、所十三さんの「ディノディノ」の原画が並べられているコーナー。
と、ここまでで、気がつくともう5時。あと1時間で残りの展示とショップを見なければなりません。
画像5
「科学的知見によるイメージの再構築」の部屋。キッシュ、ハレット、ダグ・ヘンダーソン、スタウトといった、恐竜ルネッサンス後の有名どころの作品が並べられています。右の写真の奥の部屋には小田隆さんや徳川広和さんの作品の展示があります。が、ここは上野の森でじっくり見ることにして、駆け足でショップに向かいました。
画像6
出口手前にこの美術展のオリジナルキャラクター、イグアノドン3きょうだいの原型となったイグアノドン三変化模型が展示されていました。左は徳川さん、後は荒木さん原型のフェバリット・オールディーズモデルです。で、その下はイグアノドン3きょうだいとそのグッズ。
*お暇な方は新秘宝館Vol.38も見てみてください。
そして出口のゲートの上にこっそりとたたずんでいるのは何を隠そう、岡本さん作の裏キャラ、イグどんです。会場で子供用に配布されている「恐竜図鑑・探検手帳」で関西弁を駆使してナビゲートしています。
画像7
ようやくたどり着いたショップ。イグアノドン3きょうだいのグッズが並び、奥にはフェバリット・コーナーも。豪華装幀ハードカバーで図版の印刷もすばらしく美しく、私が寄稿しているのが申し訳ないような図録はコスパ満点で必携。絵葉書やA4サイズの額絵もなかなかの品揃えです。その向こうに晩餐会Tシャツも見えます。
そしていささか唐突ではありますが、3きょうだいと並ぶオリジナルグッズが、恐竜(何度か秘宝館で紹介し、会場にもまとまって展示されていた、20世紀初頭のチョコレートのおまけの石版画。秘宝館では19世紀と書いてしまいましたが、どうやら間違いだったようです。)とフランスの人気絵本キャラクターのリサとガスパールがコラボしたもの。どういう経緯でコラボが生まれたのかは不明。さほど食指は動かなかったので比較的安いクリアファイルと絵葉書を購入しました。リサとガスパール・シリーズには博物館に行くエピソードがありましたが、今回のコラボと関係があるのかはわかりません。
*写真の絵本は私のコレクションで美術館では販売していません。
「お手をふれないでください」マークは会場で見つけた物で売っているわけではないのですが、こういう物こそ、缶バッジやマグネットにして販売して欲しいものです。
さて、ラエラプスまたの名をドリプトサウルスの話です。
画像8
チャールズ・ナイトの描いた名シーンは様々なバリエーションを生みました。直に見たら石になりそうなホンモノの隣は前述のチョコレートのおまけ石版画の一枚。これは我が家にある物で、何故か会場の物とはタイトルが異なっています。発行年度が違う別バージョンのでしょうか?
そしてその下の絵が、今回の神戸参りで巡り合った驚愕の一枚です。
「独逸軍用航空器材写真帖」(陸軍航空部)という、第一次世界大戦の戦利品のドイツの軍用機や装備の写真集の口絵で、説明はおろかタイトルすら書いてないのですが、ナイトのラエラプスをイギリス機(上)とドイツ機に見立てたパロディ画です。独軍ラエラプスには、次のページ以降で詳細に説明されるドイツ機の迷彩塗装が施されています。どういう意図で載せたのか?作者は日本人なのか海外のイラストを借用したのか?全くの謎です。実はこの本、私が行く数日前に、ナイトの絵を見たのであろう年配の方が、学芸員の岡本さんに見せる為に持ち込んだそうで、嬉しいことに岡本さんは写真に撮っておいて私に見せてくれたのです。一目で気に入り、帰って早速古本屋サイトで検索したら幸運にも在庫有り…で、今私の手元に有るわけです。また貴重な資料が増えました。
今回この展覧会で島津製作所のラエラプスに出逢うまでは、これが世界初のラエラプス=ドリプトサウルスのフィギュアだと思っていました。しかも日本版はこの3月25日に発売されたばかりのジュラシック・ワールド「ディノ・トラッカー・シリーズ」の「ほえる!ドリプトサウルス」です。どこがドリプトサウルスかと問われると困ってしまいますが、とりあえずなかなか格好が良いので良しとし、右の様にして遊んでみました。勿論2匹買うつもりはさらさらなかったので絵は合成です。
さらにこの2頭の闘争ポーズは、様々な肉職恐竜の骨格展示に流用されています。
例えば2015年にパシフィコ横浜で開催された「ダイノワールド2015ヨコハマ恐竜博」ではケラトサウルスVSタニコラグレイスとアロサウルスVSケラトサウルスの2組が展示されました。写真と詳しい説明はいつもお世話になっている「肉食の系譜」ページからどうぞ。
そして2012年幕張で開かれた「恐竜王国2012」に初お目見えした羽毛ティラノ類ユウティラヌスも、ナイトに敬意を表してかこのポーズでした。ウィキのティラノサウルス上科のページに写真があります。
ユウティラヌスもドリプトサウルスも同じティラノサウルス上科に含まれるようなので、その辺りも踏まえた展示だったのかもしれません。
その展示をモチーフにしたユウティラヌスがフェバリットから福井県立恐竜博物館限定フィギュアとして発売されています。原型は荒木さん。ただこのユウティラヌス、残念なことに上になっている方が両足でしっかりと地面を踏みしめています。下の方はラエラプスそのものなのですが…。なので苦肉の策で上も下と同じ個体を使い、こちらも合成してみました。ちょっと無理がありますが。
無理と言えば、2021年に発売されたバンダイのイマジナリースケルトン・ティラノサウルス。7トン以上ある成体のTレックスをジャンプさせるのはあまりにも酷な話ですが、もちろんこれもナイトのラエラプス由来です。
『恐竜博2023』
こちらはNHKがらみなので「恐竜超世界2」「ダーウィンが来た・どうする?恐竜」「最強恐竜はどっちだ?悪霊マイプVS鉄壁ズール」「マイプとティラノの恐竜ダイすき」などといった恐竜番組をさかんに放送し宣伝していたので、ご覧になった方も多いでしょう。しかしこれらの番組の主役をはった南米の巨大竜脚類プエルタサウルスや新発見の獣脚類マイプの雄姿を期待すると肩透かしを食らいます。そもそもこの両者、発見された部位はとても少ないのです。展示はプエルタサウルスは椎骨ふたつ(確かに大きいですが)。マイプも椎骨、肋骨、鳥口骨といった実骨ですが地味な部位数点程という寂しい物でした。
しかしこの恐竜博、当初から主役はズールを目玉にした装盾類で、実際180ページほどもある図録の半分近くのページがそれに充てられています。さすがにズールは前評判にたがわず、素晴らしい保存状態の見事な化石でした。まずはズールの紹介から
画像9
と言っていきなりこれですが、ズールの命名の元になったゴースト・バスターズのズールです。左の赤目の方がズールで門の神、雌です。右は鍵の神ビンツで雄。2匹で破壊神ゴーザの神殿を守る狛犬みたいな存在で、実際映画ではテラードッグと呼ばれていました。それはともかく、化石とは似てないと思うのですが。
フィギュアは映画公開当時の1984年にツクダから発売された1/6テラードッグのソフビキットを二つ買って、ズールの方は姿勢を変えて組んだものです。当時はこのような物も気合を入れて作っていました。
その下は、なぜか会場のショップではなく科博のショップで売られていた、ズールとその宿敵?ゴルゴサウルスのシルバーストラップ。ゴルゴで約2cm、ズールは1.2cmと極小サイズですが、ご覧の様に繊細で美しい仕上がりです。銀の古生物や放散虫などを作っているRC GEARの製品で、2750円ほどしますが今回のベストグッズではないでしょうか。
そして会場限定ガチャのズール。海洋堂製です。2回やって運よく骨格と生体をゲット。3回目でゴルゴサウルス骨格がでれば並べられたのですがマイプでした。後はネット買いして揃えるつもりです。これも良くできています。
*今回、ロイヤルオンタリオ博物館からやってきたゴルゴサウルスの実物頭骨の下顎に何やら見覚えがあったので、もしやと思い写真に撮って我が家のピアノの上のアルバートサウルスと比べたら同じ物でした。頭骨上部は別の物なので合成された頭骨だったわけですが、下顎のオリジナルが判明したのは思わぬ収穫でした。
ズールのグッズは他にこれといった物が無く物足りなくて、発売が遅れているそこそこのヌイグルミを予約してしまったほど。代わりと言っては何ですが、やはり最近発売されたマテルのジュラシック・ワールド・ハモンド・コレクションのアンキロサウルスをご紹介。関節があちこち動きガチャフィギュアの様なポーズもとれるスグレモノで、かなり遊べます。
前代未聞の2頭並んだティラノサウルスは見ごたえがありましたが、化石的に重要だったのは、その壁際に展示されたスキピオニクスの実物化石です。実はスキピオニクスの実物が来るというようなことは事前には宣伝されておらず、実際、オープン当初はレプリカが展示されていたのですが私が行く数日前に実物と差し替えられたとか。どういう事情があったのかは判りませんが、なんと幸運な事か!
スキピオニクスってなに?と言う方もいるでしょうが、90年代の終わりごろに発表された時は、内臓が保存された恐竜という事で注目を集めました。レプリカも出回り、我が家にもあります。フェバリットから実物大フィギュアも発売され、子供向きの本も出版されました。そんなこともあって、急きょ実物が見られることになったのは私にとっては大サプライズだったのです。
画像10
ありがたいホンモノに意外と健闘している我が家のレプリカ、フェバリットの絶版フィギュアにポプラ社2004年刊のスキピオ本。
画像11
NHKの盛り上げも空振りに終わった感があるマイプですが、オリジナル・フィギュアは2種類出ていました。ガチャと、このところ科博の恐竜博グッズの常連となっているレーザーカットされた3Dペーパーパズルです。
数少ないマイプの化石展示を補っていたのは近縁種とされるメガラプトルの全身骨格。復元もメガラプトルを参考にしているように思われます。なのでメガラプトルのフィギュアをご紹介。左は2007年の「恐竜キング・恐竜王列伝」のもの。巨大ドロマエオサウルスと考えられていた時代のもので,鉤爪は足についています。右は「ジュラシック・ワールド―新たなる支配者」のマテル製のフィギュアで、見栄え良く装飾はされていますが、前腕第1指の巨大鉤爪や細長い鼻面など、メガラプトルの特徴は押さえています。
最後は入場券とセットになったコンプリートボックスの海洋堂フィギュア。造形は会場限定ガチャと同じですが、彩色が翡翠色でアートです。
田村 博 Hiroshi Tamura
ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。