Vol.82 大トリアス
この力強いタイトルは1999年8月に発行された同人誌「PANGEA」の扉に掲げられたもの。執筆者は「グループ三畳一間」を名乗る三畳紀至上主義の会の面々で、恐竜ルネッサンスの啓蒙に尽力し情報に飢えたマニアに最新情報を提供し続けた科学ライター、故金子隆一さん(新秘宝館Vol.14)と、当時の気鋭の恐竜クリエイターで現在もイラストレーターや原型師、論説者として活躍されている、山本聖士、菅谷あたる、北村雄一のお三方という濃過ぎるメンバーゆえ、60ページほどの紙面の半分以上が板歯類(新秘宝館Vol.63)の詳細な解説で占められ、残りは山本さんのゴースト・ランチ探訪記という掟破りの構成。山本さんはその冒頭で「世界唯一のコエロフィシス画家を自称し、コエロフィシスに一生を捧げると豪語するほどのコエロフィシス教(狂)徒であります」とカミングアウトしています。
そして最近、新たなコエロフィシス信奉者の方と知り合いました。佐藤拓己さんという、神経科学、抗老化学を専門に研究されている医学博士で東京工科大学応用生物学部で教授をされているという、およそ私などとは一生縁がなさそうな方なのですが、なんと驚いたことに、あの1976年刊の「大恐竜時代」(新秘宝館Vol.11)で恐竜ルネッサンスをリアルタイムで体験、恐竜にはまったという、大変失礼ながら「お仲間」だったのです。もっともその衝撃的体験から辿り着いた先が、方や生命科学の研究者、方や恐竜グッズコレクターというのも笑ってしまいますが。
佐藤さんはこの1月に「恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!」という本を光文社新書から出版されました。ご自身の専門分野から、ペルム紀大絶滅後の低酸素状態だった三畳紀に、獣脚類がいかに発展し中生代の支配者になり、現代最大の運動能力を持つ鳥類に至ったかを考察します。インスリン(糖尿病の治療薬という認識しか無し)やスーパーミトコンドリア(初耳)、ゲノムサイズの縮小などが重要なファクターになっているとか…。理解するのは難しいですが、シロウトの恐竜ファン向けにやさしく説明されているので何とかついて行けました。所々に恐竜ファンならではのエッセイ風文章もあり息をつけます。最後は中学時代に「大恐竜時代」を手に取った時の甘酸っぱい(?)思い出。同じ時間を共有したシニア恐竜ファンは涙を禁じえません。
ちなみにこの本の表紙はコエロフィシス。
(書影は最後にまとめてご覧いただきます)
こうなっては寝室のカーテンもコエロフィシス(新秘宝館Vol.22をご覧ください)という位コエロ推しの私としては黙っているわけにはいかない!
というわけで、今回はコエロフィシスと三畳紀の恐竜特集です。
そこでまず、三畳紀の恐竜の台頭と進化をネットで調べてみたところこれがさっぱりわからない…。三畳紀の闇の中に迷い込んでしまいました。
今のところ最古の恐竜の可能性があるのは、2億4300万年前のタンザニアにいたニャササウルスだそうです。2億3000万年位には竜脚形類のムビレサウルス(ジンバブエ)、エオラプトル(アルゼンチン)、獣脚類のエオドロマエウス(アルゼンチン)が現れました。
同じころの肉食恐竜で最も有名な(JPシリーズのフィギュアにもなっている程)ヘレラサウルスはその立ち位置が微妙になってきています。最近では獣脚類に含めない説が主流だとか。例の新しい分類法オルニソスケリダ仮説では竜脚形類とともに竜盤類を構成(方や獣脚類と鳥盤類でオルニソスケリダ類)していますし、それどころか恐竜ですらないとする説も複数あるとか。
更に謎は鳥盤類です。鳥盤類は気嚢システムを持たない様なので獣脚類から分かれたとすると2次的に気嚢システムを失ったか、獣脚類の中にそもそも気嚢システムを持たないグループがいて、そこから進化したという事になるのでしょうか?
その一方で、やはり最初の恐竜と同時期に存在していたシレサウルス類から進化したという説があるようです。シレサウルスは恐竜そっくりなのですが、寛骨臼が空いていない点などから恐竜形類とされています。これはまずいのでは?その場合考えられるのは
1:シレサウルス類を恐竜類に入れる→寛骨臼が空いているという恐竜の定義が変わる。
2:鳥盤類を恐竜類から外し、恐竜形類であるシレサウルス類とする。恐竜は竜盤類のみ。
3:鳥盤類は恐竜だが恐竜ではない恐竜形類から竜盤類とは別に進化したとする→恐竜単系統説が崩れることになる?
どちらにしてもエライこっちゃです。とまあこういう妄想は楽しいのですが先に進めません。どなたか親切な研究者の方、ご教授していただけないでしょうか?
さてこの辺りで我に返って“専門”のグッズのお話にしましょう。
昭和の少年恐竜百科にはシーロフィシスと記されていました。シーラカンスと同じく英語読みだったのですね。ルネッサンス期にラプトル達が脚光を浴びる以前は、大きく強くて何ぼの肉食恐竜世界では小型種は人気が無く、図鑑の常連は、最初の完全2足歩行恐竜シーロフィシス、常に始祖鳥を追い回しているオルニトレステス、最小の恐竜コンプソグナトス位でした。ちなみに三畳紀の恐竜の祖先として、サルトプスやユーパルケリアなどが2足で紙面を走り回っていて、今ではあまり聞かないテコドント(槽歯類)という言葉も一般的でした。
まずはこれから
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博物館では珍しくもなんともなく、ウィキにも載っている産状レプリカなのですが、個人で持っているのはちょっと自慢できます。20年以上前にイーベイオークションで購入した物。巨大な木箱に入ってアメリカから届いた時は開け方も判らず途方にくれました。送料込みで10万くらいとたいへんお安くなっていました。
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新秘宝館Vol.21「一品物」大会で紹介済みの古谷洋一さんの傑作、再登場です。右上の本を基に制作をお願いしました。
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上段:コエロフィシスの椎骨と部位が判らない骨。コエロフィシスの実化石は意外と手頃な価格で出回っています。
中段:アメリカで見つけたピンズとミネラルショーで購入した安価な頭骨レプリカ。確か3000円位だったような。その割には出来が良くちゃんと裏もあります。
下段:ホライゾンというメーカーが依然出していたレプリカ風化石レリーフ。40cm程のもので、今だったら3Dデータから縮小も自由自在ですが、当時は職人さんが写真を見ながらコツコツと原型を作った事でしょう。ありがたみが有ります。
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知名度の割には案外少ないフィギュア。それも小物ばかりです。左上は秘宝館には再三登場のフランスのスターラックス(秘宝館Vol.6/新秘宝館Vol.8)のもの(1970年代)。これぞシーロフィシスといったスタイルです。
その右はジュラシック・パーク1作目の時に映画とは無関係に発売された2匹セット。
そして海洋堂C.C.ザウルス(2004)
2段目は今どきのサファリ羽毛付き(2017)。中央は新秘宝館Vol.8に登場した「ウォーキングwithダイナソー」(1999)のバーガーキング版。
右はコストコの恐竜セットのものです。
3段目はペーパークラフトで「作って学ぼう・リアルな恐竜」(メイツ出版2021)という本から作ったもの。小さい方は他には探し出せなかったエオラプトル。有名なのにフィギュアが無いとは!
*新説、オルニソスケリダ仮説では、エオラプトル(名前の通り最初は獣脚類だったのですが見直されて、今は竜脚形類)は獣脚類に出戻ったそうです。
そして福井県立恐竜博物館の2016年の特別展「恐竜の大移動」のオフィシャルフィギュアで、後で紹介するレドンダサウルスとセットで売られていた物。原型は荒木一成さん、製作はフェバリットです。
4段目はコエロフィシスではなく近縁種のモデル。左はサファリ社のタワ。コエロフィシスと同じゴーストランチ出身ですが、ヘレラサウルと近縁という説もあったようです。
右の2匹はブリーランドとコレクタ(2017)のリリエンステルヌス。ドイツで発見されたコエロフィシスの近縁種です。
余談ですが、90年代終わり、コエロフィシス科の新種としてゴジラサウルスが記載されました。
しかし残念ながら無効名になってしまったようです。
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このデジタルプリント作品は一昨年の「日本画と恐竜」展で購入したものでタイトルはズバリ「ゴーストランチ」です。作者はナタリア・ヤギエルスカというエディンバラ大学の若い女性で、会場でお会いできました。肩に手製の翼竜のヌイグルミ(見事な出来でした)を載せている恐竜マニアのアーティストだとばかり思っていたのですが、恐竜倶楽部の情報で、最近発表された翼竜に関する論文の筆頭著作者だという事が判りビックリ。研究者だったとは!
コエロフィシスと比べるとはるかに地味な見ためのプラテオサウルスですが、模型的には歴史があり、50年代にはすでにアメリカやイギリスでフィギュア化されています。
プラテオサウルスが含まれる古竜脚類
昭和の少年恐竜百科ではお馴染みだったアンキサウルスやテコドントサウルスなど、三畳紀の小型竜脚形類たちはいったい何処へ行ったか…このところあまり名前を聞きませんが。
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プラテオサウルス・フィギュア
まずはアルカード(秘宝館Vol.64/新秘宝館Vol.54)の1/20スケールのガレージキット。いつもながら繊細な出来です。
その下は反対に大まかなブリーランド。そして海洋堂C.C.ザウルス(2004)。先ほどのコエロフィシスと同じシリーズです。
そしてサファリ(1995)、コレクタ(2011)、メーカー不詳の中国製(1991)。*この類の物にしては良くできています。
小さい物はMARX(50年代 秘宝館Vol.5)、MPC?(60年代)、 SHREDDIES(50年代 新秘宝館Vol.8)、クローバー1/50恐竜シリーズ(秘宝館Vol.38)
プラテオサウルスは以上です。
右下はコストコのリオハサウルス。アルゼンチンの三畳紀の古竜脚類です。
出来はともかく(顏は多少古竜脚類ぽいのですが)、コストコがこんなマイナー恐竜を選ぶとは凄い!
頭骨はマッソスポンディルスのレプリカ。三畳紀ではなくジュラ紀初期の古竜脚類なのですが、あまり見かけない物なので紛れ込ませてみました。
獣脚類かどうかはともかく、コエロフィシスよりはるかに迫力があり三畳紀を代表する肉食恐竜と言えるでしょう。
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ヘレラサウルス・フィギュア
まずは比較的出回っているリアルサイズの頭骨模型。巨大な歯が眼に付きます。
そしてジュラシック・ワールド・シリーズのマテル製アクションフィギュア。これはバトルダメージ・シリーズの物ですが、色やギミックが異なる他のシリーズの物もいくつかあります。その右はシュライヒの洞窟プレイセットに入っていたもので単体で売られているのとは塗装が違います。残念な事にこのプレイセット、ヘレラサウルス以外は白亜紀の恐竜です。いくらオモチャとはいえ、この辺りは気を使って欲しいものです。
緑のものはコレクタ(2016)。こうしてみると唯一の真っ当なヘレラサウルス・フィギュアですね。
下の段は2010年に六本木の高層ビルで開催された「地球最古の恐竜展」の公式グッズで、フレングエリサウルスの骨格と生態フィギュア。骨格はフェバリット製です。フレングエリサウルスは現在ではヘレラサウルスのシノニムとされています。
以上3種の三畳紀恐竜の頭骨モデルは、新秘宝館Vol.17で紹介した、今は亡きアメリカのメーカーANTSのIn Hand Museumシリーズ(1999)で揃います。
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ヘレラサウルス、プラテオサウルスは1/3スケール。コエロフィシスは1/2スケール。素晴らしい出来栄えです。
さてここからは三畳紀の恐竜以外の古生物フィギュアです。
三畳紀の支配者は恐竜ではなく、ワニ類を残して絶滅したクルロタルシ類でした。クルロタルシ類(以前は偽鰐類と呼ばれた)は恐竜を含む恐竜形類+翼竜類からなる鳥頸類とともに主竜類(アルコサウリア)を構成しているグループです。昭和少年百科ではその一部はテコドント(槽歯類)と呼ばれ恐竜の直接の先祖とされていました。
新秘宝館Vol.54/55で取り上げていますが、ここではそこで漏れた物、新たに手に入れた物を並べてみました。
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フィトサウルス類4体。
上段はレドンダサウルス。[画像4]の荒木さんのコエロフィシスの相方です。その下の2匹はルティオドン。左は海洋堂チョコラザウルス、右はサファリの先史時代のワニチューブ。
*ルティオドンは前述の本「恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!」では獣脚類との比較のためクルロタルシ類(主竜類と表記)の代表として登場
ワニチューブは三畳紀クルロタルシ類の宝庫でユーパルケリア、ポストスクス、デスマトスクス、カスマトスクス(下段左から)と揃っています。
その上にいる昔懐かしいワニのオモチャの様な物は実際ワニのオモチャなのですが、恥ずかしながら私の恐竜キャリアのごく初期の頃に、香港製のゴムのガビアルを改造、鼻先の鼻孔を切り取り眼の前に付けてフィトサウルスと言い張った物です。まだ他人に見せたことが無い(というよりすっかり存在を忘れていた)初公開作品です。
その横は先ほどのヘレラサウルス洞窟セットの洞窟のパーツなのですが、見事にワニ類の化石の雰囲気が出ています。これが欲しくて洞窟セットを買ったようなものなので、種の特定などできず三畳紀モノでもないでしょうが、お見せしたいなと…。
獣弓類と両生類
ペルム紀の大絶滅で獣弓類は衰退し三畳紀にはわずかに生き残っている程度でしたが、そのおかげで我々が存在するわけです。
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上段左 プラケリアス
コレクタ(2023)、ディノライダーズ(1989)、ぶたのはな(新秘宝館Vol.38)
*プラケリアスは「恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!」では獣脚類との比較のため獣弓類の代表として登場
上段右 リストロサウルス
「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」に堂々登場!なんとオヴィラプトルと対決します。写真はJWのミニフィギュアですがスタンダードサイズのアクションフィギュアも発売されています。
その隣は昔から我が家にある頭骨レプリカ。
その他の三畳紀の獣弓類については
スタレケリア(ガレージキット)/リストロサウルス(チョコラザウルス版)/最古の恐竜展の獣弓類、エクサエレトドンとイスチグアラスティアが新秘宝館Vol.27に載っています。
下段 メトポサウルス
ディアゴスティーニの海の恐竜アンドコの生態モデルと昨年のミネラルショーで購入した3Dデータによる1/2サイズの縮小レプリカ。
その他の三畳紀の両生類は
をご覧ください。
画像11
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秘宝館に度々登場している、ヤフオクで手作り古生物を販売するsansho88さんのマニアックな三畳紀生物作品です。
同じリンコサウルス類のスカフォニクスは新秘宝館Vo.12にいます。
これはレア中のレアだと思います。
このところヤフオクでsansho88の作品をお見掛けしていません。是非とも復活して我々古生物フィギュアマニアを楽しませてください。
その他、三畳紀の魚竜類、タラットサウルスは新秘宝館Vol.61、ケイチョウサウルスは新秘宝館Vol.22、オドントケリス/アトポデンタトゥスは新秘宝館Vol.63、タニストロフェウスは新秘宝館Vo.12をご覧ください。
最後に三畳紀専門書(?)の書影をお楽しみください。
画像12
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●「三畳紀」岩波講座 岩波書店(1933)
*プラテオサウルス、アンキサウルスの骨格図掲載。
●「恐竜時代の図鑑①三畳紀」あんぐりら 理論社(1992) *絵が非常にユニーク
●「パンゲア」グループ三畳一間 同人誌(1999)*表紙はゴースト・ランチの岩山
●「プラテオサウルスと三畳紀の古生物」
マルコ・シニョーレ 講談社(2008)
*イタリアの作家の描くフルカラーの学習恐竜コミック
●「地球最古の恐竜展図録」
*六本木で開催されたアルゼンチン・イスチグアラストの古生物を集めた「天空の恐竜ミュージアム」の公式カタログ。2010
●「三畳紀の生物」土屋健 技術評論社(2015)
*生物ミステリーPROシリーズ
●「大絶滅時代とパンゲア超大陸」ポール・B.・ウィグナル 原書房(2016)
*ペルム紀と三畳紀の大絶滅とパンゲア大陸の関係にせまる。
●「恐竜キングダム(4)」 角川まんが科学シリーズ(2018)
●「恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!」
佐藤拓己 光文社新書(2025)
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田村 博 Hiroshi Tamura
ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。