Vol.73 昭和30年のオパビニア発見!
夢の様だった「恐竜図鑑展」も終わってしまい、祭りの後の寂しさに浸っている今日この頃ですが、私の恐竜本探求の旅はまだまだ先が見えず、つい最近も興味深い本を何冊か手に入れてしまいました。まずはこちらから。
「化石の世界」(早坂一郎著・同学社1955)
昭和30年刊のこの児童書のページにオパビニアの写真を見つけた時は眼を疑いました。もちろんウォルコットによる記載は1912年なのでオーパーツ的な物ではないのですが、我々一般人がバージェス・モンスターに出逢うのは遥か先の平成時代、1993年にグールドの「ワンダフル・ライフ」日本版が出版されてからの事です。それまでは一般向けのどの古生物関係の本にも彼らの姿は有りません。当時のカンブリア紀の情景の主役は、三葉虫、クラゲ、カイメンなど。児童書の中には海サソリやチョッカクガイまで登場させ、魚類登場以前の太古の海オールスターズとして描いている物もあります。
1980年刊の大人向け図鑑「古生物の世界」(文理)では珍しくバージェス動物群に言及しているのですが、マルレラやレアンコイリアの名はあるものの、アノマロカリスやオパビニア、ハルキゲニアといったスターたちはまだ登場しません。
ところが「カンブリア大爆発」の半世紀近く前に、オパビニアは人知れず日本デビューしていたのです。驚くべきことです。
著者の早坂一郎博士は大正から戦後にかけて活躍された古生物学者で、古生代の腕足類など無脊椎動物が専門だったようです。宮沢賢治とも関わりがあったそうです。
この本をはじめ、生物の歴史を解説する著書を4冊ほど持っているのですが、無脊椎は熱く詳しく語るのに恐竜や哺乳類はサラっと流しています。
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左から「化石の世界1955」書影・オパビニア・著者近影
この「化石の世界」、実は戦前の昭和15年(1940)、誠文堂新光社から出版された同名書の大幅改訂版です。15年版はだいぶ以前から持っていたのですが、バージェス動物群が載っているかどうかなど気にした事もありませんでした。今回確認したところオパビニアこそいませんでしたが、いくつか化石の写真が紹介されていました。そこそこ有名なシドネイアにエルドニア、そしてクラゲ!もちろんアノマロカリスの口器です。
さらにこの本には、「恐竜図鑑展」向きな美しい扉絵(初山滋―古生代の風景)と中扉絵(鈴木登良治―中生代・新生代の風景)が添えられています。児童向けの本にしては本格的な絵だと思います。
15年版、30年版共に、カンブリア紀の項は次の文章で締められています。
「カムブリア紀のような古い時代の地層から、こんな細かいものを発見したワルコット先生は実に偉い人でした。」
ちなみに両書とも、恐竜を紹介する項の見出しは「中生代の一ばん偉い動物」ですが、不可解な事にこの方は生涯「恐竜」という言葉を使わなかったようです。巨大な爬虫類というような言いまわしをしています。何か伺い知れない事情があったのでしょうか。
次に紹介する初期の著作にその思いが垣間見れる文章が…。
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上段左から「化石の世界1940」書影・シドネイア・エルドニア・クラゲ・扉絵「古生代・石炭紀森林の想像図」(初山滋)・中扉絵「砂漠時代(三畳紀)の風景」「新生代に横行した巨象マストドン」(鈴木登良治)
大正時代に書かれた次の2冊はいずれも大人向きのかなり専門的な内容です。恐竜に関して、大正9年(1920)に発行された「地史学概論」(右文館)では、「陸棲爬虫類中には甚しく分化したDinosaurusの種類が現れ…」と記しいくつか名前を挙げていますが、詳しい説明はありません。
大正15年(1926)の「地と人」(京文社)では恐竜を紹介した「地質時代の大動物」と題した章の導入部で「私がここでいわゆる大動物の話を書くのは、特別な要求があったからの事で、その要求に従って私はただ漫然と大きいと感ぜられる幾つかの動物を数えて、その実例として示すだけに止めておきたいと思う。あまり理屈めいた事はここには割愛する。」と、専門外の事まで書かされ憤っています。当時35歳の気鋭の研究者の本音が出てしまったのでしょう。身もふたもない話ですが、恐竜など古脊椎動物は嫌いだったわけです。もっともこれだけ古生代無脊椎愛に溢れていた人物だからこそ、世間に60年も先駆けてバージェス動物群を取り上げたのでしょう。ちなみにこれらの本では恐竜類は斑龍、剣龍、雷龍、Iguanodon(禽龍という和名を知らなかったのか?)などと個別に呼ばれています。ただこの2冊、この時代としては異例なほど図版が奇麗で嬉しくなります。
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上の4枚は「地史学概論」から
左上の「二畳紀爬虫類の一種」はエダフォサウルスの体にディメトロドンの頭がついた様なハイブリット盤竜類です。
下の3枚は「地と人」のもので、左の扉絵の始祖鳥(?)は4枚翼!「後側の発明当時の飛行器と似て居るではないか。」と解説しています。この本では図版の出典や説明が記されていて、この絵は「Popular Sience Monthly July 1917から」、剣龍は「古生物学者アーベルが1920年に発表した復元図」。梁龍(Diplodchus)は「古生物学者アーベルが多数の標本について詳しく研究した結果の結論として出来上がった極めて信ずべき図である」と述べています。
1976年の手取湖の図
「恐竜図鑑展」に間に合わなかった的なアイテムをもう一つ。最近古本屋ネットで手に入れたものです。
「原色復元・地球の歴史画集」金子三蔵(画)湊正雄・井尻正二(監修) 東京文庫出版部1967
画家・金子三蔵(1909~1990)は古生物学者・井尻正二の「野尻湖のゾウ」(福音館1970)「剣竜のなぞ」(福音館1972)の表紙と挿絵を担当。そのほか何冊かの絵本や、創元推理文庫の「銀河帝国の崩壊」(クラーク)、「20億の針」(クレメント)、角川文庫の「悪魔の発明」(ヴェルヌ)や「宇宙のスカイラーク」(スミス)など有名SFの表紙も手掛けている方です。
この画集は1961年に同じメンバーで出版された「図説・地球の歴史―前世界の日本」のために書いた絵を改めて画集として出版したもののようです。綴じられていないA3サイズ15枚の絵のセットでわずか400部しか発行されなかったレアな物です。
地球の誕生から縄文時代までを全15景で描くので駆け足なのは仕方ありません。恐竜は第9景のニッポン竜のみ。前の第8景の裏にポエムな解説が綴られています。なかなか良いので一部紹介しましょう。
第9景「ニッポン竜」
生物進化のエピソード・進化と特殊化
(中略)
特殊化をのがれる適応はない。
沼にくだった恐竜は
適応と特殊化の泥にはまり
むなしく進化のエピソードをくりかえす。
泥 適応と特殊化 巨匠の最後。
興味深いのはその表側の第8景です。
第8景「手取の湖」
晴れるでも、曇るでもない空のもと、とおく飛騨の山脈が見える。
シダ植物はすでに下草にかわり、松柏類・ポドザミテスの大木が、湖畔から森をつくっている。
森の中には、とびかう鳥の姿もなく、ハチュウ類のうごめきもない。
この、ねむいような、けだるいような湖の風景に、われわれは、熟れきった中生代の自然を見ることができる。
約270万年前から隆起し始めた(ウィキによる)飛騨山脈が前期白亜紀に見えるのはさておき、鳥もハチュウ類もいなかった約半世紀前のけだるいような太古の白峰・勝山辺りが、今や恐竜の聖地に変貌しようとは…感慨深いものがあります。
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ハサミック・ワールドは始祖鳥祭り
今年の夏も「博物ふぇすてぃばる」に買い出しに行ってきました。今回、切り紙造形ハサミック・ワールドさんのテーマは始祖鳥で、有名無名5標本を立体化して並べていました。こうなると揃えたいという衝動を抑えるのは至難の業で、結局、後先考えず羽毛化石と除く骨格4種類を買い占めてしまいました。ご覧ください。
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額に入ったほぼ実物大サイズのベルリン標本。骨格はもちろん、羽毛表現が凄いです。アップでとくとご覧あれ。
ちいさな白いベルリン標本は翼幅5cmに満たない可愛い物ですがご覧の出来です。
下の段の額入りの物は、不覚にも私は知らなった「11番目の標本」と呼ばれる物。
その横は少サイズで前の二つに比べると簡易的な作りでは有りますが、やはり素晴らしく雰囲気が出ているロンドン標本とマックスベルク標本。これらは展示用でしたが無理を言って譲っていただいたものです。
右下のちいさな魚竜骨格は、以前からされている100円でリクエストを受けその場で作るというコーナーでお願いしたミクソサウルス骨格です。以前ミツクリザメをお願いしたことがあります。(新秘宝館Vol.37)
面倒な物をお願いしてしまったかなと思いましたが、快く引き受けて下さって、スマホで検索した写真を見ながら3~4分チョキチョキして完成です。
もうただただ拍手するしかありません。
「たかを窯」の伊藤たかをさんとは1年ぶりでお会いするので、話し込んでしまいました。期待していたズールは残念ながらありませんでした。上野でズールを見て感激して制作意欲が沸いたものの今回は間に合わなかったそうです。次回期待できそうです。今回は「図鑑展」がらみの小品を4点ほど購入しました。
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ブリアン風イグアノドン、ホーキンズ風イグアノドンにメガロサウルス(このコンビ、たかを作品としては2組目です―新秘宝館Vol.47)、そして最後は二―ブ・パーカー風ティラノでしょうか?
「“通称”アンギラスを作る」
アートな作品の後にこのような物をお見せするのは、本当に心苦しいのですが、前回アンキロサウルスの巻の時に紹介した「ゴジラの逆襲」のワンシーン、恐竜図鑑で新怪獣を同定するシーンでハカセがサラっと言ってのける「これはアンキロサウルス、通称アンギラスです。」が妙に気に入ってしまい、図鑑の絵を参考に“通称”アンギラスを作ってしまいました。そのシーンをもう少し補足すると、ハカセは図鑑に記されている、ポーランドの古代動物学会の世界的権威、プレデリン・ホードン博士の報告書を読み、対策本部の一同にアンギラスを説明します。曰く、体長200フィート(約70m)で完全なる肉食の暴竜。体のあちこちに脳が分散してすばやく動ける等など…。70mのアンキロサウルスは想像を絶しますね。
映画で使われた図鑑(洋書)を探してみようと思ったのですが、タイトルが不鮮明で断念しました。ホードン博士も、もしやと思って検索してみたのですが、手掛かりなしでした。
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さて“通称”アンギラス制作です。90年代にバンダイから発売されたソフビのアンギラスをヤフオクで格安で購入、切ったり貼ったり曲げたりして作りました。なるべくオリジナルをいかそうと思った(自作する気力が無かった)ので、脚が妙に大きくなってしまったのが心残り。頭はさすがに使えないので、やはりヤフオクで「恐竜化石博物館(ガチャ)」のドラコレックス頭骨を200円ほどで購入、肉付けしてそれらしくしました。ヘテロドントサウルス風の牙も生やしています。
あまり時間が無かったので雑になってしまいました。いずれ気が向いたら作り直そうかとも思いますが、先日、海洋堂とエクスプラスのティラノサウルス・プラモデルが届いてしまったし、9月には海洋堂の「太陽の塔」(生命の樹付き)のプラモが発売されるのでそれらが優先です。他にも未組立の恐竜キットは我が家にいくつもあるので、“通称”アンギラス改修はいつになる事やら。
恐竜の夏はまだまだ続きます。六本木の「恐竜科学博」は9月までやっていますし、8月12日はディープな恐竜マニアが集う「古生物創作合同展示会」が開催されます。
他にもこの夏はそこいら中で恐竜イベントが花盛り。出来る限り行こうと思っています。
最後は「博ふぇす」で購入したアノマロカリス帽子を、なぜか我が家にいるホモ・エレクトゥスに被せて、残暑見舞いです。
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田村 博 Hiroshi Tamura
ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。