Vol.54 「ジュール・ヴェルヌの地底旅行」あれこれ
先日、3D映画「センター・オブ・ジ・アース」を見てきました。どうせ子供だましだろうと高を括って行ったのですが、これが嬉しい誤算。時代設定こそ現代ですが、ヴェルヌの「地底旅行」を下敷きにしていて、スネフェルス山、巨大キノコの森、筏、荒海、海竜、火山の噴火で帰還と、要所要所は原作を踏まえていて好感が持てます。特に嵐の海を行く首長竜の群れには不覚にも感動してしまいました。無論、終わり頃に出てくる巨大すぎる獣脚類(ギガノトサウルスだそうです)や脱出の時に乗る恐竜の頑丈すぎる頭蓋骨など、突っ込み所は沢山あるのですが、テンポも良く、当然の様に3Dを楽しむためだけのお約束カットもたっぷり。無心になって楽しめました。そんなわけで今回は「地底旅行」特集にしたのですが、残念なのはグッズの類が何も無かった事。アクション・フィギュアなど欲しい所ですが。地底旅行はこれまでに何度も映画化されていますが、関連商品は知る限りありません。したがって今回はお宝抜きの秘宝館。まずはムービートーク番外編として、過去の映画化作品を振り返ってみますと……。
「地底戦車サイクロトラム」(1951年 アメリカ)
解説に「地底探検」の映像化と書いてありますがまるで面影無しです。ジェットモグラの様な乗り物で地底世界まで掘り進んで行くのですが、期待に反して殆ど何もおこりません(有毒ガスで不注意な2人が死ぬ程度)。出てくる古生物と言えば悪い冗談としか思えない肺魚(両生類?)の化石(写真 1 ……笑ってやってください)だけ。呆れるほどつまらない映画です。
「地底探検」(1959年 アメリカ)
これはSF映画の古典的名作。ほぼ原作に忠実なストーリです。地下のセットも良くできていますが、特に印象的なのは浜辺で群れを成すディメトロドン。悪名高いハリウッド式帆装着トカゲなのですが、ディメトロドン自体がもともとトカゲ型生物なので違和感なく、動きに迫力もあって、この映画に限りトカゲの起用は大成功だったと思います。ただ筏のシーンで海竜が登場しないのは残念。DVDは廉価版が出ていましたが絶版か?
「ジュール・ヴェルヌの地底探検」(1976年 スペイン)
一応原作を踏襲していますが、未来人やら巨大ゴリラなども唐突に出てきて支離滅裂。海でのひどくチャチなプリオサウルス(?写真 2)同士の格闘シーンでは前年の「ジョーズ」の影響か海が血に染まりハラワタなども飛び出します。
「地底探検アース・エクスプローラーズ」(1999年 アメリカ)
ジュール・ベルヌ原作となっていますが、「地底探検に行ったまま行方知れずの夫を探しにニューギニアから地底世界に降りる美人妻一行」と言うストーリーは全く別物。夫は美女をはべらせて地底の神になっている始末。一応筏で海を渡るシーン有り。翼竜、ケラトサウルス風恐竜、恐竜人、そして半裸の原始人美女軍団が登場するおちゃらけ映画です。DVD有り。
「センター・オブ・ジ・アース」(2007年 カナダ)
最新作の公開に便乗してのDVD発売だと思われますが、内容は何と1999年版のリメイク。大分地味になっていて、金髪美女は登場せず、代わりにイヌイットの末裔(今回は舞台がアラスカの地下なので)が住んでいます。筏も川下りをするだけ。前作の翼竜の代わりに始祖鳥もどきと、これだけは格好いいプリオサウルスが登場します。
次は翻訳本について。実はこの「地底旅行」、日本で最初に翻訳された恐竜小説(正確に言えば恐竜は出てきませんが)なのです。明治18年(1885)に三木愛華、高須治助の訳で九春堂から出版された「地底旅行 -拍案驚奇-」(写真 3)がそれで、横山又次郎による「恐竜」という訳語の発明以前の事なので、本の後半に納められた地球の歴史についての科学解説では「メガロザーブル」(メガロサウルス)「イグアノドン」などと種名で説明しています。その後現在に至るまで、私が把握しているだけで30冊(新装再販も含め)の翻訳本が有ります(リスト参照)。
変わった所では1959年のミッキー、ドナルド、プルートの三匹が主人公の物(写真 4)や手塚プロによる漫画版(写真 5)なども有ります。
地底旅行 リスト
タイトル | 翻訳者 | 出版社 | 出版年 |
---|---|---|---|
地底旅行 -拍案驚奇- | 三木愛華、高須治助 | 九春堂 | 1885 |
前代未聞 地底世界旅行 | 三島霜川 | 博文館冒険世界1巻7号 | 1907 |
地底旅行 | 村上啓夫 | 講談社世界名作全集 | 1955 |
地底旅行 | 石川湧 | 創元社世界少年少女文学全集 | 1957 |
地底旅行 | トモブック社ディズニー長編漫画 | 1959 | |
地底の探検 | 江口清 | 岩崎書店ベルヌ冒険名作選集 | 1959 |
地底旅行 | 三浦清 | 小学館中学生の友一年付録 | 1960 |
地底旅行 | 石川湧 | 創元社世界少年少女文学全集(再) | 1960 |
地底旅行 | 村上哲夫 | 早川書房ハヤカワ・SF・シリーズ | 1963 |
地底の探検 | 保永貞夫 | 学習研究社少年少女ベルヌ科学名作全集 | 1964 |
地底旅行 | 白木茂 | 旺文社中二時代12月号第4付録 | 1965 |
地底旅行 | 石川湧 | 角川文庫 | 1966 |
地底旅行 | 塩谷太郎 | 偕成社名作冒険全集 | 1967 |
地底の冒険 | 川村克己 | 集英社ヴェルヌ全集 | 1968 |
地底の探検 | 大森昌衛 | 偕成社ベルヌ名作全集 | 1968 |
地底旅行 | 窪田般弥 | 創元推理文庫 | 1968 |
地底の探検 | 保永貞夫 | 学習研究社少年少女ベルヌ科学名作(再) | 1969 |
地底旅行 | 村上哲夫 | 早川書房世界SF全集 | 1970 |
地底旅行 | 加藤晴久 | 中央公論社新集世界の文学 | 1972 |
地底たんけん | 川端康成・他 | 集英社母と子の名作童話 | 1973 |
地底旅行 | 江口清 | 講談社文庫 | 1973 |
地底旅行 | 塩谷太郎 | 偕成社冒険・探偵シリーズ(再) | 1974 |
地底探検 | 久米元一 | 岩崎書店SFこども図書館 | 1976 |
地底旅行 | 金子博 | 旺文社文庫 | 1976 |
地底旅行 | 手塚プロ | 主婦の友社TOMOコミックス名作ミステリー | 1978 |
地底旅行 | 窪田般弥 | 創元SF文庫(再) | 1991 |
地底旅行 | 石川湧 | 偕成社文庫 | 1993 |
地底旅行 | 朝比奈弘治 | 岩波文庫 | 1997 |
地底探検 | 久米元一 | 岩崎書店冒険ファンタジー名作選 | 2004 |
地底旅行 | 石川湧 | 角川文庫(再) | 2008 |
また「日本ジュール・ヴェルヌ研究会」の会誌「EXCELSIOR!」第2号は地底旅行の特集で、明治41年に雑誌に載った翻案物の翻刻をはじめ、ディープな記事満載です。会のHPから購入できます。
最後に「ジュール・ヴェルヌの地底旅行」に触発された(?)日本人の作品を2つ紹介しましょう。昭和14年に書かれた久生十蘭の「地底獣国」はシベリアから地下を通って樺太を目指す話。隊員の殆んどが死んでしまう暗い話ですが、翼竜や恐竜も登場。もう一つは芥川賞作家奥泉光作「新・地底旅行」で2003年に朝日新聞に連載された物。こちらは富士の樹海の洞穴から潜ります。時代は明治の終わりごろで、ちゃんと「地底旅行」の後日談になっています。恐竜も勿論登場しますが、さりげなく今風になっていて、例えばトサカの生えた小型肉食恐竜などが活躍します。奥泉さん(実はちょっとお付き合いがある)はなかなかの恐竜好きで、芥川賞をとった「石の来歴」の主人公は趣味で化石を掘っていますし(なんとパレオパラドキシアの全身骨格を発掘した事がある!)、「バナールな現象」の主人公は高価な恐竜図鑑を衝動買いし、それが元で奥さんと喧嘩になり、事件へと発展します。…と言った所で、次回はこの一年「セカイモン」オークションで衝動買いした、アンティーク恐竜トイを一気にご披露します。
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田村 博 Hiroshi Tamura
ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。