強力なアゴをもつ古生代最大の捕食魚類
今も昔も人気の古生物の1つ
私が講師を務める恐竜ワークショップに参加する子供たちと話をしていると、恐竜以外の好きな古生物として名前が挙がることが多いのがダンクレオステウスです。子供たちが「ダンクレオステウス」という少々難しい単語をスラスラと言えてしまう事に驚き、その人気を実感します。あの特徴的な頭部と、古生代最大・最強の捕食魚類としての存在が子供たちにとって印象が強いのでしょう。確かにあの頭部、特に力強さをそのまま形にしたようなアゴは子供だけでなく大人にも大きな印象を与えます。私が子供の頃はディニクチスとして書籍などで見ることが多く、その頃から知名度が高い古生物の一つだったと思います。そのディニクチス属のテレリ種がダンクレオステウス属に変わったことを知ったのは随分あとになってから。ディニクチスで馴染んでいただけに、まず名前を覚え直すのに一苦労しました。
ダンクレオステウスの聖地・クリーブランド
ダンクレオステウスといえばクリーブランド、なのですが、私がその事を知ったのは2008年にアメリカ・クリーブランドで開催された古脊椎動物学会に参加したときでした。クリーブランド自然史博物館のダンクレオステウス展示の説明文に、「世界中で展示されているダンクレオステウスのオリジナルはこの博物館収蔵のもの」とあったのです。そういえば、その年の古脊椎動物学会の要旨集の表紙イラストはダンクレオステウス。そもそもダンクレオステウスの名前がクリーブランド自然史博物館の研究者であったデヴィッド・ダンクルへの献名ですし、クリーブランドのあるオハイオ州の「州の化石」にも選ばれています。まさにクリーブランドが世界に誇る標本であり古生物なのです。東京の国立科学博物館にある展示もクリーブランド自然史博物館標本のレプリカです。
全身像はまだまだ謎
甲冑のような頭部~胸部の化石が残る一方で、それより後ろの胴体部については胸ビレなどの一部を除き化石に残っておらず、ほとんど情報がありません。そのためダンクレオステウスの復元を試みるときに参考にされる事が多いのは、同じ板皮類で姿が似ているコッコステウスです。
コッコステウスは全長20~40㎝程度と小型なのですが全身の化石が見つかっており、近縁のダンクレオステウスも同じような姿だったのでは、というのが復元手法の一つになります。一方で、ダンクレオステウスと大きさの近い中~大型サメに似た姿の復元もあります。コッコステウス型とサメ型の復元の大きな違いが尾ビレの形状です。コッコステウスと同じであれば横長の尾ビレになりますが、サメを参考にすると上下にヒレが延びる三日月型に表現されます。
フェバリットのダンクレオステウスの原型製作の際には、その両方を検討したうえで、尾ビレは三日月型復元を採用しました。尾ビレの形状の他にもダンクレオステウスや板皮類の復元には様々な見解、新しい研究が発表されています。古脊椎学会参加の時にフェバリットのダンクレオステウスを見せてお話を伺ったり、意見を交換する事で知り合いになれた海外の研究者や古生物アーティストもいます。やはり多くの方が復元に興味を持っている古生物、という事でしょう。2022年に発表された板皮類の新種・アマジクティス Amazichthys は全長87㎝とダンクレオステウスに比べると小型ですが全身の姿が残されており、尾ビレは三日月型だったようです。
アマジクティスを参考にすればダンクレオステウスの尾ビレも三日月型と想定されるのですが、それもまだ可能性の一つ。やはり一番良いのはダンクレオステウスそのものの全身像がはっきりと分かる化石が見つかる事でしょう。今後の発見・研究がますます楽しみな古生物なのです。
参考文献
- 「古脊椎動物図鑑」 著・鹿間時夫 朝倉書店 1979年
- 「古生代の魚類」 著・J.A.モイ-トーマス, R.S.マイルズ 恒星社厚生閣 1981年
- 「The Rise of Fishes」第二版 著・John A. Long Johns Hopkins 2011年
- 「デボン紀の生物」 著・土屋健 技術評論社 2014年
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徳川 広和 Hirokazu Tokugawa
株式会社Actow代表取締役。
日本古生物学会会員。
1973年福岡生まれ。学術的な考証と立体物としての魅力が融合した作品製作をめざす恐竜・古生物復元模型作家。
博物館・イベントでの作品展示や商品用原型等を制作。『恐竜の復元』(学研)『なぞにせまれ!世界の恐竜』(汐文社)『ほんとは”よわい恐竜”じてん』(KADOKAWA)等の書籍へ作品、イラストを提供。
恐竜・古生物に関する各種イベントやワークショップの企画、講演などの活動も行う。